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スティーブン・スピルバーグ監督が警告して話題にもなったVR技術。
最新の映像技術はいま私たちにどんな影響を与えているのか?

名古屋の大学や市民講座で大人気の哲学講師・加藤博子氏が現代人の視覚に警鐘をならす!

見えすぎることは何をもたらすのか

 今、CGのような人工画像が驚異的に発達しています。映画館では刻々と素晴らしい映像が目にも止まらぬ速さで展開されています。

 しかし、こうして画面はますます鮮明になっていくのに、綺麗な映像に見とれるばかりで、実は意味内容は何も頭に入ってこないことも多いのです。CGでどんな映像でも可能であると分かってしまうと、しょせん絵空事だから、いわゆる当事者意識や臨場感が希薄になってしまうのです。新作映画は、どうせほとんどがCGだろうと感じつつ見ているから、衝撃的な画面にも驚かないし、ドキュメンタリーであっても疑わしく、もはや実際の映像などあり得ないのかもしれないと思って眺めています。すると次第に、それがニュース映像であっても、その真偽は決められない、という状態に陥ってきます。

 かつては「百聞は一見に如かず」と言い伝えられてきたのに、昨今は一見しても納得できるかどうか怪しいのです。目に見えていることが真実とは限らない、私たちに見えていることとは違う世界もあり得るのだと感じられてしまうのです。

 それは、あまりにも映像技術が進みすぎてしまって、なにが真実であるのかがむしろ分かりにくくなってしまったからです。目を疑うような実写映像を見たら、目を疑ったほうがよい場合が多々あるのです。

 私はニューヨークのワールドトレードセンターに二機の飛行機が衝突する場面を肉眼で見たわけではありませんから、世界中に流布している動画はCGかもしれないと、50%くらいは疑っています。昔の人は、枯れ尾花が幽霊に見えたようですが、現代は、ただ点滅している細かい光にすぎない映像というものが、私たちの視覚全体を支配し、浸食し尽くしています。

 

 写真が登場したとき、それまで肉眼では見えなかった瞬間が、発見され、切り取られました。それが切り取られる以前には見えなかったことが、写真的な視覚が当たり前になっていく過程で、それが器機によって切り取られた光景であったことが忘れられてしまったのです。視覚が、その切り取り方に慣れたのです。

 ヴァルター・ベンヤミン(一八九二~一九四〇)は、『写真小史』で、次のように書いています。

「カメラに語りかける自然は、肉眼に語りかける自然とは当然、異なる。異なるのは、次の点である。人間によって意識を織り込まれた空間の代わりに、無意識の空間がたち現れるのである。例えば、人の歩き方について、大ざっぱであれ、説明することは誰にでもできる。しかし、足を踏み出す時の何分の一秒かの姿勢は、誰も全く知らない。写真は、光速度撮影や拡大という補助手段で、それを解明してくれる。こうした視覚における無意識的なものは、写真によって初めて知られた。それは、衝動における無意識的なものが、精神分析によって初めて知られたのと同様である」

ヴァルター・ベンヤミン(1892~1940)

 ここに書かれているように、自分が歩いているときの、細かな姿勢や身体の動かし方、その一瞬の様子を見て知っている人は少ないと思います。歩くためにはそれを見る必要がないからでしょうし、見る必要がなければ見えなくていいはず。しかし、見なくていいことを見てしまう、そのような見方を成立させたのが写真の登場であると、ベンヤミンは指摘しているのです。

 このベンヤミンの指摘が、今まさに動画の世界で暴発しているようです。動画によって詳しく見えるようになったことはたくさんある。しかし、それと同時に未知の現象が私たちの心と身体に降り注ぎ、その体験によって引き起こされる未知の反応が立ち表れているはずだということに、たぶんまだ気づいていないのです。

 写真によって初めて知られた「視覚の無意識的なもの」とベンヤミンが呼んでいることが、加速するCG化によって初めて知られるはずの、「動く画面を見ることの無意識的なもの」、そして「誰かが意図して作成しているのに現実とまったく区別がつかない動画を見ることによって生じる無意識的なもの」として、もう生まれてしまっているのかもしれません。それは、もしかしたら夢のようなものでしょうか。

 

【著者プロフィール】

加藤博子(かとう ひろこ)

1958年生まれ。新潟県出身。文学博士(名古屋大学)。専門はドイツ・ロマン派の思想。大学教員を経て、現在は幾つかの大学で非常勤講師として、美学、文学を教えている。また各地のカルチャーセンターで一般向けにやさしい哲学講座を開催し、特に高齢の方々に、さまざまな想いを言葉にする快感を伝えている。閉じられた空間で、くつろいで気持ちを解きほぐすことのできる、「こころの温泉」として人気が高い。さらに最近は「知の訪問介護」と称して各家庭や御近所に出向き、文学や歴史、哲学などを講じて、日常を離れた会話の楽しさを提供している。本書は初の著作。

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